2009年10月28日

料理を見れば仕事の仕方がわかる

 夫のP.Uは、若い頃、ラーメン屋でバイトをしていました。ラーメン屋といっても、最近よく見かけるこだわりのラーメン専門店のような店ではなく、タンメン、角煮ラーメン、味噌ラーメンなどバラエティ豊かなラーメンと、中華のおかず(エビチリや、酢豚など)も出すようなタイプのお店です。

 P.Uは、「人生経験上、このラーメン屋のバイトからの学びが最も多かった」、と言い切ります。
 バイトといっても、店長代理まで務めたため、調理はもちろんのこと、他のバイトさんへの指導・シフトの組み方、材料の仕入れ・仕込みまでを行っていたそうです。なるほど、ラーメン屋には仕事の縮図が詰まっているといえそうです。

 そんなP.Uは、当然料理ができます。
 私なんて、比較にならないくらい上手です。美味しい料理を作るだけでなく、「丁寧な仕事」をします。

 「その人の料理を見ると、仕事の仕方がわかる」、と思うのですが、皆さんどう思われますか? 
 「料理なんてしないから・・・」という方もいらっしゃると思うのですが、慣れ・不慣れといった技量は関係なく、「料理への取り組み方を見ると、仕事への取り組み方がわかる」、というような意味あいです。

 例えば、セキララに公開してしまいますが、私の場合。

 私は、料理の複数工程を、同時にやろうとする傾向があります。お湯を沸かしている間に、野菜を切る、といったことです。
 そんな簡単なことだったらいいのですが、結構大事な工程でも、「ちょっとくらいならいいかな」と思って、別の工程に手をつけてしまうのです。
 炒めものをしながら、たまった食器をちょっと洗っちゃおう、とか。
 
 P.Uによれば、火を使うときは、絶対に離れてはいけないそうです。
 安全上の理由もありますが、何より、火を使うということは、化学変化を起こしているのだから、適切な処理(かき混ぜるとか、火を弱めるとか)を、適切なタイミングでする必要がある、当然じっと見てないとダメでしょ、いうわけです。
 
 私は料理に関しては素人なので、どの工程がどれだけ難しいか、判断も甘い。それならば、なおさら自分を過信せずに、時間がかかっても、1つ1つの工程をきっちり丁寧にやるべきです。けれども、できもしないのに、マルチタスクを目指して気が散っているんですね。

 結果として、私の料理は、ムラがあるとか、どうやっても完璧にならないとか、言われております。
 更には、初めて作る料理など、レシピを見ながら作る場合はうまくできるケースが多い。逆に、何回か作ったことのある料理など、レシピを見ずに作る場合は、失敗が多い、などとも言われます。(すごい観察力だと思うんですけど・・・)
 
 それでは、私の仕事の仕方に関してはどうかというと、仕事については、料理よりは経験とスキルがあり、アウトプットレベルはそれほどひどくないだろう、という自信はあります。
 でも、質はある程度高くても、完璧か、というと、どの仕事も完璧度合いは90%~95%くらいにとどまっているかもしれません。

 わかりやすい例を挙げるなら、そこそこのスピードで質の良い資料を作成したが、最後の確認を怠り、誤字を見逃してしまう、というようなことでしょうか。
 丁寧に仕事をするということへの意識が欠けているのですね。
 そこそこの質のものを素早くアウトプットできると、このような完璧度合いは、それほど問われなくなる傾向があるのも事実です。それにも、アグラをかいて甘えてしまっている自分がいます。

 実は、料理に関してではないのですが、私はP.Uに、「おまえは、がさつだからなあ」と言われたことがあります。
 言われたときは、かなりカチンと来たのですが、最近は、自分の料理と仕事を振り返って、「がさつ」を謙虚に受け止めてます。
 そして、「過信せずに、できる限り一つずつ丁寧に」を、心がけているのですが、行動パターンとして、かなり染み付いているようで、「またやっちゃった」ということも多いです。
 まあ・・・あせらず取り組みます。

 そんな私に対して、P.Uの料理は、スキルもあるから素早いのは当然のこと、一つ一つがとても丁寧です。材料別の下準備はもちろんするし、火から全く目を離しません。P.Uの中華丼は絶品です。

 皆さんのパートナーさんの料理への取り組み方はどんなスタイルですか?
 きっと仕事の仕方にも通じるものがあると思うんだけどな。

 【補足1】 一言弁解しておきますが、私、食べられない、まずいものを作っているわけではないんですよ!! P.Uは味付けでごまかされるタイプではなく、火の通り、素材の大きさがそろっているか、などを見て、色々申しております。

 【補足2】 女子としては、「がさつ」はイメージがあまりにも悪いので、心の中で「丁寧さが足りない」と言い換えています。

タグ:仕事
posted by hana at 01:20| Comment(2) | TrackBack(0) | P.Uの説教部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

ジム通い再開。レスミルズプログラムしてます。

 日曜日から、ジム通いを始めました。
 目的は単純に、「体重管理」です。子どもをから産んでから、全く、痩せなくなりました(トホホ)。以前と同じ量を食べていたら、太る一方なんです。夫のP.Uも、進んで、「行って来い」と言うくらいだから、かなり、よろしくない領域に達してしまっています。

 でも、ジム通いは初めてではありません。
 妊娠して4年前に退会してしまっていたけれども、それまでは3年くらいジム通いを続けていました。
 
 当時、ジムで何をしていたかというと、ボディパンプ、ボディコンバット、ボディアタックといったレスミルズというニュージーランドの会社が考案・運営しているスタジオプログラムをしていました。
 世界各地でこのレスミルズのプログラムは実施されていて、日本国内では、コナミスポーツ&ライフという会社がレスミルズプログラムの総代理店となっています。コナミ系のスポーツクラブや、コナミからプログラムを買っているスポーツクラブで、受けることができます。
 
 このレスミルズプログラム、全部で8種類あります。
 でも、8種類のプログラム全てを提供しているジムはほとんどなく、私も受けていたボディパンプ、ボディコンバット、ボディアタック、あたりが、レスミルズプログラムを提供しているジムならどこでもやっている、メジャーなプログラムです。

 ボディパンプはバーベルを使った筋力トレーニングのみのプログラムで、腕・脚・腹筋・背筋・肩・・・とかなり満遍なく筋トレできます。ボディコンバットは、格闘技の動きを取り入れたプログラム。回し蹴りやパンチを繰り出し続けます。ボディアタックは、動きはエアロビとほぼ同じなんですが、短時間に相当心拍数をあげていきます。
 どれも、全て音楽に合わせて行います。

 なぜ、私がこのレスミルズプログラムを3年間続けられていたかというと、何よりも、使われている音楽が楽しくて、かつ、飽きなかったから、でしょうか。
 使われる曲は、フィットネスプログラムなので、やはりユーロビートや、トランス系が多いです。でも、それにとどまらず、ロック系やソウル系が使われることもあって、かなり幅広い。
 しかも、レスミルズプログラムでは、3ヶ月ごとに、全部の曲と振り付けが更新され、「新曲」になります。1プログラム(60分)につき、10曲〜12曲程度が使われているので、3ヶ月ごとに10曲×8種類のプログラム=約80曲の、新しい曲と振り付けに変わります。
 新しい曲が出るのが、結構、楽しみでした。ちなみに、レスミルズのサイトに行くと、今までの曲リストを見ることができます。

 更にもうひとつ、レスミルズプログラムを続けられた理由として、「動き自体があまり難しくないこと」が挙げられます。
 私は、かなりの運動オンチなので、ダンスちっくな複雑な動きは、苦手、というより、ほぼ不可能なんです。
 でも、レスミルズプログラムは、振り付けはシンプルで、かわりに強度が高いのが特徴です。コンバットやアタックでは、とにかく走る、はねる、パンチパンチ、キックしまくり、だし、パンプでは、全身の筋肉をくまなく、これでもかこれでもかと、ネチネチいじめます。
 だから、「振り付けが難しくて、ついていけず不完全燃焼」ということは決してなく、必ず、全身抜け殻のようになって終わります。それはもう、なかなかの達成感であります。

 そんな、抜け殻系プログラムのため、4年ぶりの再開は、楽しみに思いつつも、戦々恐々としながらの参加でした。スタジオに入っても、こそっと後ろの隅っこのほうの位置を確保するのは鉄則です。

 ところが、昨日のプログラムでは、そんなコソコソした私に、インストラクターさん(ちなみに女性)が、プログラム開始前に、歩み寄ってくるではありませんか!!
 何かと思ったら、なんと、「めちゃめちゃお久しぶりですよね!」と挨拶をしにきてくださったのでした。
 
 私は、3年間足しげく通っていましたが、ジムに友人がいたわけでもなく、1人で参加していました。また、インストラクターの方とも、全く話していません。
 だから、4年も前の、ぽつねんとした単独参加者を覚えていてくださったことに、とてもびっくりしたし、素直に嬉しくなりました。

 私:「よく覚えていらっしゃいますね・・・びっくりです」
 インストラクターさん:「だって、すごく楽しそうでしたから!(ニコッ)」

 ・・・ワタシ、何かが相当「変」だったのかもしれない・・・?
 あまりにも楽しすぎたのかな・・・ノリノリ トゥー マッチ??
 
 一瞬、満面笑み+ノリノリでバーベルなんて上げちゃってる自分が目に浮かんだけど、「4年以上前のことだから・・・いっか!!」と思ってしまうのは、やっぱりいい年エリアに入ってきた証拠かもしれません。

posted by hana at 01:38| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

「言いました」を聞いて、考えたこと

 「言いました」という発言は、必ずしも、「相手に伝わった」とイコールではありません。

 【例】
 上司:「お客さんに、どういう風に進めるかは伝えたの?」
 部下:「はい、○○の会議で皆さんに言いました。
 しかし、当のお客様に対して、具体例などを多く交えながら、決まったという「進め方」についての確認を取ってみたところ、「それだったら、もっとこうしたい」、だとか、「今の話だと誰々の参画が必須だから、言われた開始時期では始められない」、などと、決まったはずの「進め方」は、完全にひっくり返されてしまった。

 「伝わっていない」という状況は、上例のように、思わぬスケジュール遅延を招いたり、相手の信頼を失ったりと、大変な結果に帰着することもあり、できる限り避けたい状況です。

 私は最近、色々な打ち合わせに同席する機会が多いのですが、注意して聞いていると、実際にはきちんと伝えられていないにもかかわらず、「言いました」と発言するケースが予想以上に多いことに気がつきました。

 言ったのに伝わっていない、という状況はどうして生まれるのでしょうか?
 原因はいくつか考えられます。
 ・ 相手に完全に理解してもらうために、具体例を積極的に取り入れるなど、充分な説明をつくさなかった。
 ・ 相手が理解したかどうか、異存がないかどうか、など相手の状況をこまめに確認しなかった。
 ・ 相手を理解させたが、重要な箇所についてメリハリをつけておらず、相手の注意を充分に喚起できていなかった。
・・・などなど。

 このように、きちんと状況を観察すれば、それぞれのケースの「言ったのに伝わっていない」原因を見つけ、対策を練ることはできそうです。例えば、「自分が話し終わったら、一呼吸おいて顧客の様子を観察し、理解度合いを質問する」といった対策です。このような対策を重ねれば、「伝えられなかった」という結果は、ある程度回避されるでしょう。
 
 けれども、私は、「言いました」を何回か耳にしてみて、「伝えられなかった」という結果よりも、実際には伝えられていないにもかかわらず「言いました」と言ってしまうマインドのほうが、ずっと気になりました。

 なぜなら、そのような「言いました」には、「とにかく自分は言ったのだ。相手に伝わっていないのならそれは相手の責任だ」という響きが、多かれ少なかれあることがほとんどだったからです。

 言ったのであれば、内容が相手にはきちんと伝わらないために、スケジュールが狂ったり、相手からの信頼を失う結果になったりしてもよいのでしょうか?
 もちろんそんなことはないはずだし、言った当人もそんなことはわかっていると思います。

 それなのに、「言いました」と言い切ってしまうのは、なぜなのか?
 それは、スケジュールが狂う、相手からの信頼を失うというようなことが、避けるべき結果だと「わかって」いるのに、自分はその結果を避けることをコミットしていないからです。

 コミットする、とは、結果に責任を持つことを約束し、結果の実現への覚悟をすることです。コミットしていれば、当然ながら、結果実現の確度は格段に高くなります。
 
 残念ながら、コミットしていても、様々な要因から結果を実現できないこともあります。 けれども、コミットしていて実現できなかった場合に、「言いました」と言ったとしても、そこからは、「相手に伝わらなかったのは、相手の責任だ」という響きは一切排除されているはずです。

 コミットをしていないマインドのままでは、いくら「具体例を織り交ぜる」「理解度合いを確認する質問を合間に挟む」というような「伝えられない」への対策を実施しても、どこかでモレが生じて、結局「伝えられない」状況に陥りやすいといえます。
 なぜなら、コミットをしていれば、「徹底して様々な確認をしながら作業を進める」、「言いにくいことも覚悟を決めて言う」、といったことを当然行いますが、コミットをしていない場合には、これらをきちんと行うのは結構難しいからです。

 つまり、「伝えられない」に対する根本的な対策とは、「コミットしてタスクに臨む」になると思うのです。

 ・・・と、なんだかちょっと、えらそうなことを書いてしまいましたが、告白すると、私自身もコミットできていなくて、「言いました」を口にしてしまうことがあります。
 この記事は、そんな自分に対して、「人の振り見て我が振り直せ」のためにも記しました。

 最後にもうひとつ。
 各自が、コミットをしているチーム、組織は、とても強くなるんじゃないかな、とも思っています。
 それは、決して個人が徹底して仕事をこなすから、という理由ではなくて、みんながコミットしていれば、その厳しさや覚悟をみんなが理解しているので、誰かがコミットしたことを実現しようと苦戦しているときには、自然と助け合いも出てくるんじゃないかと思うからです。
 コミット、っていうと、厳しい、辛い、悲惨にがんばる、というイメージがあるかもしれませんが、助け合うチーム、なんてポジティブな方向にもつながるんじゃないかな・・・

posted by hana at 00:58| Comment(3) | TrackBack(0) | 会社員生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする