2009年12月31日

家族のカタチ、育児のカタチ

 今年、息子は3歳になりました。憎らしいことも沢山ありますが、とても可愛い存在です。

 我が家は、私が会社員として働いていますが、保育園にも通わせず、夫のP.Uががほとんどの育児をしています。
 こう書くと、よく、一般的な家庭における男女の役割が反転したような育児スタイルだと思われます。

 けれども、私たちは、P.Uは父親としての役割を、私は母親としての役割を、できる限り行おうとしています。

 例えば、平日の私の帰宅は、通勤に2時間かかることもあり、早い日で20:00、遅い日だと22:00以降になります。
 それでも、私が外食していなければ、私が帰宅後に3人揃ってご飯を食べて、それから、私は息子と一緒にお風呂に入ります。息子の就寝時刻は、毎日24:00ごろです。
 平日に息子と接する時間が短い分、週末は、歯磨き、着替え、トイレ、など息子の世話は私がなるべく行います。

 また、P.Uは、非常に厳しい父親です。とはいえ、しかめ面で厳しいわけではなく、普段は、明るく接し、息子の自由を制限せずに好きなことをさせます。悪いことをしたら、きっちり厳しく叱るのです。
 自由を制限しない、とは、小さい頃から、ベビーカーに縛り付けずに自分で歩かせたり、公園でも好きなように遊具で遊ばせたり、というようなことを指します。
 これには、P.Uが絶対に目を離さず、子どもを追い掛け回す必要があるため、相当な集中力と体力が必要です。
 一方、どれくらいきっちり叱るかというと、叩く、怒鳴る、すっ飛ばす(!)、「何で怒られていると思っているのか」と詰問までする、と並々ならぬ叱り方までします。
 しかし、一連の叱りが終わった後は、「かか(注:お母さんの短縮形で私のことです)に抱っこしてもらえ。」と私に抱っこをさせ、母親としての役割を譲ってくれます。

 このような私たちの育児スタイルについて、私の母からは、何度か“小言”を言われました。
 曰く、「毎晩そんなに遅くまで起こしているなんて、かわいそう」、「あんなに叱られては、萎縮してしまう」、等々です。
 
 それを受けて、「こんなこと言われた・・・」とグラグラしている私に、P.Uは何の迷いもなく、「あの子は、そういう家に生まれたんだから、仕方がない。」と言い切りました。

 実は、帰宅したら、ご飯もお風呂も終わって、息子が寝ていてくれたらどんなに楽だろう、土日くらいお休みさせてよ・・・と思ったことは沢山あります。
 しかし、P.Uは決してそれを許しませんでした。この生活スタイルは、P.Uが、半ば強制的に敷いたものなのです。
 職場復帰してからの2年半、「あなたはお母さんなんだから」、とP.Uに何回も叱られながら、この生活スタイルを続けてきました。

 でも、この生活スタイルのおかげで、息子は、日本の一般的な家庭よりも、両方の親と過ごす時間がずっと長いはずです。
 また、ここ最近は、私自身も、帰宅して息子の顔を見ると、仕事のことが一瞬吹っ飛ぶようになってきました。そんなこと、当たり前のことだと思われるかもしれませんが、何につけても自分中心な思考回路で生きてきた私に、このような瞬間が毎日変わらず訪れるということは、本当に大きな変化なのです。

 厳しい叱り方についても、叱るということは本当に大変なこと。あんな叱り方は、深い愛情と強い心がなくては決してできません。息子は、叱られると、大泣きするものの、しばらくするとニコニコ顔に戻ります。自分自身ではなく、自分の行動が叱られたと肌でわかっているからだと思います。

 「あの子は、そういう家に生まれたんだから、仕方がない。」
 そう言い切るP.Uには、「自分たちは、自分たちで決めたスタイルの中で、深い愛情を持って息子をきちんと育てている。」という、強い意志と、自分を信じる心があるのだと思いました。

 だから、私もグラグラしてはいけないのです。
 P.Uに「母にこんなことを言われた」、と泣きつくのではなく、私こそが母に向かって、「あの子は、そういう家に生まれたんだから、仕方がない。」と毅然と言い切らなくてはなりません。

 母親としてダメダメな私を、ここまで導いてくれたP.Uに感謝です。
 まだ道半ばです。我が家らしくて、強いお母さんになれるよう、がんばります。

posted by hana at 02:51| Comment(1) | TrackBack(0) | P.Uの説教部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月26日

2009年の振り返り

 2009年も残すところあと5日ですね。皆さん、どんな年の瀬をお過ごしですか?
 今日は私の2009年を振り返ってみたいと思います。

【1〜3月:プロジェクトと診断士実務補習に、集中度Maxの時期】
 1年がかりのプロジェクトの本番稼動へ向け、次から次へと襲い掛かる難問に、全力で対処していた。信頼すべき人を信頼し、打ち手がないように思えても辛抱強くちょっとでも可能性のあることをしていれば、道が開けることを知る。
 この仕事漬けのさなか、あえて、15日間の診断士実務補習にも従事。辛くて楽しい、充実度の高い実務補習を経験できた。

【4月〜6月:新しい環境へ踏み出し、キョロキョロした時期】
 プロジェクトがひと段落し、職務内容も、現場に1つのプロジェクトにどっぷりという内容から、教育やスポットでの導入支援というマルチタスクな内容に変わる。
フォトリーディングを受講したり、診断士の研究会に参加したりと、仕事以外の世界を開拓し始める。
 今後どんなことに取り組んでいこうかと、方向性を思案し、結果として、一方向への集中した推進力は低下した。

【7月〜9月:今までのやり方に限界を感じ、もがいた時期】
 スポットで現場へ出るが、なぜか以前のように現場の仕事に集中できない。
 仕事に集中できないというのは、初めての経験で戸惑う。集中できないため、ダラダラと時間を使ってしまい、生活リズムも乱れる。
 改善すべく、なぜ集中できないのか、原因分析を行ったり、時間管理などに取り組むようになる。

【10月〜12月:少しずつ、ペースをつかみ出した時期】
 7〜9月の取り組みが少しずつ成果を見せ始め、こまごまとした1つ1つの仕事にも集中力を持って取り組めるようになってきた。ただし、まだ、スキルも未熟で、気持ちも弱いため、波がある。
 また、自分自身が手を動かしてアウトプットを出す仕事ではなく、他の人に良質なアウトプットを出してもらうための仕事をするようになる。このスキルを磨いていきたいという新しい意欲も沸く。

 総括すると、1〜3月は充実度は高かったけど、今までと同じやり方か、その延長でものごとをこなしていただけであり、ここ何年かの完成期というイメージです。
 4月からは、私の新しいフェーズが始まり、まだまだ方向性を定まっていないながらも、少しずつ動き出した感があります。
 収穫した畑を一度まっさらにして、土を耕して、いくつかの種をまいたところ・・なのかな。
 来年は、いくつかの芽を育てたいです。

 皆さんの2009年は、どんな1年でしたか? 

posted by hana at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月17日

ライフワークを絞り込む

 私には、ゆくゆくは夫と事業をしたい、という夢があります。
とはいえ、そんな大それた夢を持ちながらも、いったい全体どんな事業をするのか、全くもってノーアイディアな状態です。
 そこで、本を多く読んだり、診断士の研究会にできる限り参加したりと、2009年を「インプットの年」として位置づけて過ごしてきました。
 来年からは、夢に向かって、徐々に「アウトプットの年」にしていかなくては、と思っています。
 
 「アウトプットの第一歩」として、「事業アイディアを3つ以上考える」を2010年の第1四半期(1月〜3月)の目標の1つにしています。
 この目標に向け、まずは、「自分の好きなことは何か?」「自分の嫌いなことは何か?」を書き出してみることにしました。これは、神田昌典さんの『非常識な成功法則』で紹介されていた手法です。

 実際に、好きなこと・嫌いなことを思い浮かべようとすると、現在のことだけでなくて、過去の出来事もあれこれ振り返るようになってきました。そこで、更に次のようなことも書き出してみることにしました。

【書き出してみたこと】
 1. 進学や転職の際の第一志望は、どういう理由で第一志望だったのか?
 2. 自分の成功事例: 学生時代から今まで、やろう!と決めて、最後までやり抜く、目標を達成できたことは何か?なぜ、成功できたのか?どのような条件下、環境だったのか?
 3. 自分の失敗事例: 学生時代から今まで、やろう!と決めて、最後までやり抜けなかった、目標を達成できなかったことは何か?なぜ、失敗したのか?どのような条件下、環境だったのか?

 自分がどんなことをやりたい、と思っていたのか。実際にやり遂げられた場合に自分の行動を支えたものはなんだったのか。逆にやり遂げられなかった場合は何が足りなかったのか、もしくは何が阻害したのか。・・・書き出したリストを見て、そんなことを考えてみました。
 
 私は一人っ子で、初孫だったこともあり、大人に囲まれて育ちました。
 ちょっと生意気なことを言って大人を喜ばせるスキルはどんどん修得していったのですが、同年代の友達との接し方はとても下手でした。
 小生意気なことを言っても、相手が大人であれば、「子どものクセに、ずいぶん生意気ねぇ」、とそのギャップを面白がって結構可愛がってくれます。
 けれども、同年代の友達に小生意気なことを言っても、嫌われるだけです。
 こうして、うまく友達づきあいをして友達に囲まれたいけれども、なかなかそれができなかった私は、勉強や仕事で自分の自己顕示欲を満たそうとするようになったんだと思います。

 一所懸命に勉強や仕事をする際の私のエンジンの根っこは、「友達づきあいができない。だから別のことで認められたい。」、だったのか・・・と今更ながらに気づきました。

 自分の失敗のパターンも見えてきました。
 例えば、誰も見てくれてないところでは、エンジンはうまくかからず、がんばることができない。認められたいことがモチベーションの源泉だからです。
 また、サークル的な雰囲気の職場はすごく苦手でした。そういう雰囲気で、バリバリにがんばっても浮いてしまうだけだからでしょう。

 これからは、友達づきあいが苦手、という意識をまず克服しなくてはいけませんね。
 「友達づきあいが苦手でもいいじゃない。」と。これは、決して、開き直るわけではなくて、うまく書けないけど、「友達づきあい」への欲求・コンプレックスをきちんとコントロールしていきたいと思っています。

 そして、がんばりの動機を「他の人に認められたいから。」ではなく、「他の人にどう思われるか関係なく自分がしたいから、楽しいから。」にシフトするようにします。

 こういうことをしていかないと、たとえ事業を始めても、「他の人が見てくれないから、がんばれない、やめようかな」、なんてことになってしまいますものね。

 ひとまず、1日の中で何が一番楽しかったか、考えてみることを始めました。あんまりパッとしない1日だったとしても、もっとも楽しめたことを1つ選び出すのです。
 でも、これが私にはすごく難しい! 私の「認められたい」欲求は相当深くて、ピュアに自分が何を楽しんでいるのか、なかなか掘り当てられません。

 そんな中、先日、4-5年前に読んだ、本田健さんの『「ライフワーク」で豊かに生きる』という本を改めて読み返してみました。
 その本に、とても勇気付けられた記述がありました。
 以下はその概要です。

 ・ 仕事に関する価値観は、両親だけでなく、いろいろな人に深く影響されている。調べていくと、自分のオリジナルはほとんどないといって言いぐらいである。それだけ深いところで影響されていることを感じ、そこから、自分の価値観をもう一度再選択していくことが必要。

 ・ ライフワークを絞り込むには、幸せの源泉をあらゆる角度から眺めて、それがどのような性質を持っているのかを丹念に調べていくプロセスが必要である。砂金堀りは、金が入っていそうな土の塊を、川の中で丹念にふるいにかけて金を探す作業であるが、ライフワークの絞込みも、「こんなことが好きかな」程度ではなく、砂金堀りのような丹念な作業が必要。

 私は、夫との事業とすべき「ライフワーク」を探そうとしているところです。
自分の価値観を再選択し、楽しさ・幸せの源泉を掘り当てていきましょ、と背中を押された気持ちです。

posted by hana at 01:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする