2009年10月19日

「言いました」を聞いて、考えたこと

 「言いました」という発言は、必ずしも、「相手に伝わった」とイコールではありません。

 【例】
 上司:「お客さんに、どういう風に進めるかは伝えたの?」
 部下:「はい、○○の会議で皆さんに言いました。
 しかし、当のお客様に対して、具体例などを多く交えながら、決まったという「進め方」についての確認を取ってみたところ、「それだったら、もっとこうしたい」、だとか、「今の話だと誰々の参画が必須だから、言われた開始時期では始められない」、などと、決まったはずの「進め方」は、完全にひっくり返されてしまった。

 「伝わっていない」という状況は、上例のように、思わぬスケジュール遅延を招いたり、相手の信頼を失ったりと、大変な結果に帰着することもあり、できる限り避けたい状況です。

 私は最近、色々な打ち合わせに同席する機会が多いのですが、注意して聞いていると、実際にはきちんと伝えられていないにもかかわらず、「言いました」と発言するケースが予想以上に多いことに気がつきました。

 言ったのに伝わっていない、という状況はどうして生まれるのでしょうか?
 原因はいくつか考えられます。
 ・ 相手に完全に理解してもらうために、具体例を積極的に取り入れるなど、充分な説明をつくさなかった。
 ・ 相手が理解したかどうか、異存がないかどうか、など相手の状況をこまめに確認しなかった。
 ・ 相手を理解させたが、重要な箇所についてメリハリをつけておらず、相手の注意を充分に喚起できていなかった。
・・・などなど。

 このように、きちんと状況を観察すれば、それぞれのケースの「言ったのに伝わっていない」原因を見つけ、対策を練ることはできそうです。例えば、「自分が話し終わったら、一呼吸おいて顧客の様子を観察し、理解度合いを質問する」といった対策です。このような対策を重ねれば、「伝えられなかった」という結果は、ある程度回避されるでしょう。
 
 けれども、私は、「言いました」を何回か耳にしてみて、「伝えられなかった」という結果よりも、実際には伝えられていないにもかかわらず「言いました」と言ってしまうマインドのほうが、ずっと気になりました。

 なぜなら、そのような「言いました」には、「とにかく自分は言ったのだ。相手に伝わっていないのならそれは相手の責任だ」という響きが、多かれ少なかれあることがほとんどだったからです。

 言ったのであれば、内容が相手にはきちんと伝わらないために、スケジュールが狂ったり、相手からの信頼を失う結果になったりしてもよいのでしょうか?
 もちろんそんなことはないはずだし、言った当人もそんなことはわかっていると思います。

 それなのに、「言いました」と言い切ってしまうのは、なぜなのか?
 それは、スケジュールが狂う、相手からの信頼を失うというようなことが、避けるべき結果だと「わかって」いるのに、自分はその結果を避けることをコミットしていないからです。

 コミットする、とは、結果に責任を持つことを約束し、結果の実現への覚悟をすることです。コミットしていれば、当然ながら、結果実現の確度は格段に高くなります。
 
 残念ながら、コミットしていても、様々な要因から結果を実現できないこともあります。 けれども、コミットしていて実現できなかった場合に、「言いました」と言ったとしても、そこからは、「相手に伝わらなかったのは、相手の責任だ」という響きは一切排除されているはずです。

 コミットをしていないマインドのままでは、いくら「具体例を織り交ぜる」「理解度合いを確認する質問を合間に挟む」というような「伝えられない」への対策を実施しても、どこかでモレが生じて、結局「伝えられない」状況に陥りやすいといえます。
 なぜなら、コミットをしていれば、「徹底して様々な確認をしながら作業を進める」、「言いにくいことも覚悟を決めて言う」、といったことを当然行いますが、コミットをしていない場合には、これらをきちんと行うのは結構難しいからです。

 つまり、「伝えられない」に対する根本的な対策とは、「コミットしてタスクに臨む」になると思うのです。

 ・・・と、なんだかちょっと、えらそうなことを書いてしまいましたが、告白すると、私自身もコミットできていなくて、「言いました」を口にしてしまうことがあります。
 この記事は、そんな自分に対して、「人の振り見て我が振り直せ」のためにも記しました。

 最後にもうひとつ。
 各自が、コミットをしているチーム、組織は、とても強くなるんじゃないかな、とも思っています。
 それは、決して個人が徹底して仕事をこなすから、という理由ではなくて、みんながコミットしていれば、その厳しさや覚悟をみんなが理解しているので、誰かがコミットしたことを実現しようと苦戦しているときには、自然と助け合いも出てくるんじゃないかと思うからです。
 コミット、っていうと、厳しい、辛い、悲惨にがんばる、というイメージがあるかもしれませんが、助け合うチーム、なんてポジティブな方向にもつながるんじゃないかな・・・

posted by hana at 00:58| Comment(3) | TrackBack(0) | 会社員生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近自分の伝え方の下手さに悩んでいます。
私の所属するチームはコミットしてるチームではとりあえずなさそうです。
まずは私が努力しなくては。

記事と関係なくて申し訳ありませんがお金を貸した相手は詐欺師でした。
見抜けませんでしたー(^^;;
Posted by みや at 2009年10月19日 20:42
昔、うちの会社の前社長がおっしゃっていたことを思い出しました。

「相手に伝わっていなかったら、伝えた方が責任をとれ」

言った、言わないの責任のなすりあいが目的ではなく、何かを共同で成し得ることが目的だとおもうのですが・・・。
Posted by はまちゃん at 2009年10月20日 22:00
みやさん、
そうでしたか、、、例の方は詐欺師だったのですか。ブログも拝見しました。
こんなことが沢山怒ってしまうと、本当に困っている人がいたら、誰も助けなくなってしまいますね。
うーむ・・・
とにかく、いろいろなこと、本当にお疲れ様でした。

はまちゃん、
「言った・言わない」の責任のなすりあいは、「醜い」ことさえありますね。

もし、はまちゃんの会社の前社長さんがおっしゃったことが、「伝える側の責任」というよりも「伝える側の努力」なのだとしたら、なんかそうかもなぁ、と思う今日この頃であります。



Posted by hana at 2009年10月21日 02:03
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